年50冊小説を読まんとする若輩のblog

それ以上でも以下でもなく。

#9「四畳半神話体系」森見登美彦

読み易さ☆☆☆☆☆

面白さ☆☆☆☆☆

読む価値☆☆

 

湯浅政明監督のもとアニメ化し、「文化庁メディア芸術祭アニメーション部門」で大賞を受賞した、その原作小説です。同賞は1年に1回、その年最も優れていたアニメ作品に贈られる賞で、近年では「君の名は」や「この世界の片隅に」古くは「時をかける少女」や「もののけ姫」が受賞している権威ある賞です。

 

大学3年生の主人公はくだらないことで2年間を棒に振ってしまったことを後悔しており、「もし入学したての時期に別のサークルに入っていれば、薔薇色のキャンパスライフが送れたはずだ…」と考えます。

全4章で構築されており、それぞれが異なる平行世界における主人公の生活を描いています。登場人物や舞台などほとんどの要素は共通で、ただ「主人公が入ったサークル」のみが違う物語が展開されます。平行世界モノ、と呼べるでしょうが主人公が世界線を横断することはなく、SFという印象は受けません。どのサークルに入っていようが結局残念な学生生活を送ることになる主人公を読者が笑う、コメディ作品とみるのが適切でしょう。

 

純文学の主人公さながらの重厚な言い回しから繰り広げられる主人公な残念人間っぷりが笑いを誘い、軽快に読み進むことができます。「本人いたって真剣に馬鹿げたことをする」という笑いの基礎を抑えているのでしょう。

森見登美彦さんは読み易さ、面白さにおいて群を抜いた小説家なので、あまり読書が得意でないけど小説を読みたいという人に是非おすすめです。

 

 

蛇足

 

文庫版巻末の佐藤哲也さんによる解説が完璧すぎてレビューしづらかったです(´∀`; )

作品の解説も森見登美彦さんの解説もかゆいところに手が届くような言葉で語り切られており、自分でレビューを書く内容が見つからなくて困ったものでした。四畳半神話体系のアニメを見たという人や、森見登美彦さんの小説が好きだという人で、未読の方は是非この解説を読んで欲しいですね。

 

私事ですが、最近レビューを書くのが難しいと感じることが多いです。読書すること自体は今まで以上にやる気がでているのですが、レビューで何を書くべきなのか、何を書いてはいけないのかと悩みがちで、なかなか筆が進みません。レビューするのも楽ではないなと感じる今日この頃。義務感を持って続けていこうと思います。それでは今回も、お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

#8「暗夜行路」志賀直哉

読み易さ☆☆☆☆☆

面白さ☆☆

読む価値☆☆☆☆

 

戦前戦後を生きた白樺派の作家で、「小説の神様」と称される志賀直哉さんの代表的な長編。一人称の純文学らしい純文学で、主人公謙作の内面的変化が主軸となっています。実の父ではない父との不和を描いた前編と、不義を犯した妻との和解を描く後編で構成されています。

 

内面を軸とする物語のため外的発展は少なく、ユーモア要素も乏しいですが、不思議と読むことが苦になりませんでした。それは、志賀さんの簡潔で無駄を極力省いた文体と、神様と称される情景描写力により、読み手に滞りなく場面のイメージを送り込んでくれるからでしょう。

お手本のように優れた文章である反面、独特で味のある表現といったものが少ないので、面白味にはかける気がしました。

とはいえ、最も美しい日本語と言われる志賀さんの代表作であり、多くの人にとって読む価値のある作品だと言えるでしょう。

 

蛇足

 

主人公の逗留先の一つとして広島県尾道が出てきます。尾道はおだやかな海と急な山に挟まれた観光地であり、2015年には文化庁により第1回日本遺産に登録された歴史ある町です。

そこには志賀直哉が暗夜行路を執筆する際に実際に逗留していた古民家が現存しており、観光スポット一つとなっています。

さて、ブログ主も一度その古民家に訪れたことがありまして、実はこのブログのヘッダーにしている窓辺の画像こそ、志賀さんが執筆に使っていた部屋だったりします。あんな穏やかで心地よい場所で小説を書けるなんて最高でしょうね。

皆さんも広島に旅行される機会があれば、尾道に行ってみることをお勧めします。以上、尾道観光PRをお届けしました( ̄∇ ̄)

 

番外「完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込」 若林正恭

小説ではなくエッセイなので、番外編のつもりでお届けします。全文蛇足のようなものです。

お笑いコンビオードリーの若林さんが、文芸雑誌ダヴィンチで連載していたエッセイ集。人見知りで自意識過剰な彼が芸能界に揉まれていく姿をコミカルかつ客観的に綴っています。

 

…いつもなら、小説ならスラスラと書けているこのレビューだが、かれこれ1時間スマホと睨めっこしてしまっている。エッセイについて語ることは自分を語ることに直結し、若林さん劣らず自意識過剰な自分にはレビューを書きづらいのかもしれない。つまり、恥ずかしくてちょっとお見せできないような文しか作れないのだ。

 

仕方がないので自分の心に残った言葉をいくつか引用させていただくことにする。下手に詳しく考察しようとしたり、自分語りを展開してしまうよりも、その方がこのブログを読んでくれた人にとって有益だろうという判断である。こういうところが自意識過剰なんだろうね。さもありなん。

 

 

『ぼくには駅前で六万人の人に滞りなく届くような態のいい言葉だけを選んでまで書きたいことは何もなかった。』

『七年ぶりのボケ(漫才ではツッコミだけど)への転身である。  腕がならないわけがない』

『「お前のような人間は周りが気を遣うから自分とやらをさらけ出せるんだろうが、大半の人間は自分なんかさらけ出して生きられないんだよ」』

『過度な客観性が一周して強烈な主観になったりしないものかなと僅かな希望について考えたりしたこともある。』

 

エッセイのレビューは向いてない。けど、またいつか番外編としてする気がする。性懲りも無く。

お目汚し失礼しましたm(__)m

 

 

 

#7 「舟を編む」三浦しをん

読み易さ☆☆☆☆☆

面白さ☆☆☆

読む価値☆☆☆

 

出版社の辞書編集部を舞台としたお仕事小説。2012年に本屋大賞を受賞し、アニメ化もされた作品です。

主人公、馬締はその名の通り真面目な男で、少々、というかだいぶ浮世離れした人柄です。スーツはヨレヨレ、髪はボサボサでいつも考え事をしているせいで、ぼんやりした社員だと思われています。

しかし「言葉」に対しては並々ならない感心を持ち、複数の辞書を暗記しているのでは?と思わせるほど言葉のセンスに長けています。

冒頭では出版社の営業として真面目に働くものの上司からはお荷物扱いされていましたが、辞書編集部にそのセンスを買われて異動となります。そんな彼が周りに支えられ、また自身も成長し、一つの辞書を完成させていく物語です。

 

この小説の良さは、社会人であれば誰しもが共感できるところがあることでしょう。物語は複数人の視点から描かれており、主人公の馬締の他に、社交力溢れるがこれという才能を持っていない同僚や、新人の若い女性社員が語り手となっています。

同僚の口からは才能を持つ馬締に対する嫉妬と、大切な仲間としての親しみなどが語られ、新人からは未知の仕事に取り組む不安などが語られています。このように複数の語り手から仕事に対する思いが語られるため、そのうちのいくつかは確実に、社会人読者の心に響いてくることでしょう。

 

辞書製作の小説であるためか、使われている表現には馴染みの薄いものや難しいものもあります。しかし、全体的に気取りのない文体で読み易く、随所に仕込まれているユーモアと言葉に対する興味深い考察などが面白いため、苦もなく読める良い小説だと思いました。

 

蛇足

 

社会人一年目の自分には仕事で感じてしまう名状しがたい不安やストレスなどがありますが、この作品を読んだことでそれらを言葉に直して整理し、また不安を他者の感覚として体験できたことで気分を楽にさせてもらえました。

この作品はお仕事小説ですが、かの半沢直樹のように大事件が起こるわけでも、権力との闘争が描かれる訳でもありません。一つの辞書を完成させるためにお互いが支え合い、長い年月をかけて信頼を深めていく過程が描かれており、仕事で疲れた読者の心をほぐしてくれる物語でした。熱狂的に、とはなりませんが、ゆるく人にオススメできる小説ですね。

今回は以上になります。またお読みいただけると幸いです。(*´ー`*)

 

 

#6 「砂の女」安倍公房

読み易さ☆☆☆☆

面白さ☆☆☆

読む価値☆☆

 

世界20数カ国語に翻訳された、安倍公房の名SF小説

〜以下簡単にあらすじ〜

教師の職についている主人公は、休暇を使って趣味の昆虫採集に出かける。砂丘であれば珍しい虫がいるかもしれないと考え、砂丘とほとんど一体化している寂れた部落に行き着いた。

そこで主人公は村人に騙され、四方を砂の壁で囲まれた穴、まさに蟻地獄の底へと閉じ込められてしまう。主人公は作中、懸命に脱出を試みる。

穴の底には朽ちかけた家があり、女が1人住んでいた。女もまた、穴に落とされた被害者である。しかし、女は主人公とは違ってそこでの生活に満足し、脱出する気はまるでなかった。『表に行ってみたって、べつにすることもないし……』

村人達が主人公のような旅行者を監禁するのには理由があった。この部落は砂丘に存在するが故に、雪かきならぬ、砂かきを毎日しないと、あっという間に海からの風で飛んできた砂に埋もれてしまうのである。当然、そのような部落に人が住みたがるわけもなく、人口流出は深刻な問題であった。

そこで考え出されたのが、例の穴である。あらかじめ海の近くに大きな穴を掘っておき、砂がそこに集中するようにする。そして穴の底に労働力として人を住まわせ、砂かきに従事してもらう。砂かきを少しでも怠ると家ごと砂に埋まってしまうため、憐れな囚われ人はその一生を砂かきだけに費やすことになるのだった。

 

安倍公房さんは社会問題をSFに再構築することを得意とするSF作家です。この砂の女は、脱出モノのダークファンタジーとして楽しむこともできますが、物語に溶かし込まれた風刺を味わえばより楽しめることでしょう。

現実でも貧しい地方の自治体では人口流出が大きな問題となっており、なんとかして若者や労働力を引き入れようとしています。その点この砂の女の部落は画期的です。物理的に労働力を穴の底へ引き入れたうえで、半強制的かつ永久的に働いてもらえるのですから。

そういった風刺を楽しむ精神を持ち合わせている方には、広くオススメできる小説だと思いました。

 

 

蛇足

 

脱出。これほど共感されやすいテーマもないように思います。何かから逃れたい、自分を脅かす事物から逃げたいという願望は、ほとんど誰しもが抱いているものでしょう。

フリーゲームで有名なの青鬼にせよ、海外ドラマのプリズン・ブレイクにせよ、あれだけ人気が出たのは脱出というテーマが持つ普遍性の力が大きかったように思います。

 

その脱出が持つ力で読者を引っ張りつつ、社会問題に切り込んでいった砂の女は、評価されて然るべき作品だと思いました。

気づけば1000文字を軽く超えてしまっていたのでさらりと終わろうと思います。お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

#5 「十角館の殺人」綾辻行人

読み易さ☆☆☆☆☆

面白さ☆☆☆

読む価値☆☆

 

推理小説家、綾辻行人さんのデビュー作。大学生の頃に応募した作品だそうです。

冬の山荘型の推理小説で、外部と連絡が取れず、逃げることもできない状況下で連続殺人事件が起こる話です。

 

推理小説は他のジャンルの小説とは趣向、楽しみ方が違うと思います。ストーリーや人物を楽しむというよりは、読者が与えられたヒントをもとに自ら謎を解く、パズルみたいなゲームとして楽しむものです。

普通のミステリ小説でも謎は出てきますが、その謎は読者に途中で解かれることを想定していません。むしろ途中で読者にオチを悟られてしまったら駄作もいいとこでしょう。また、謎が謎のままに終わることもありますし、人知を超える何か、超能力などが謎の中身なこともあります。

一方で推理小説は、読者がその気になれば途中で謎を解くことが不可能ではありません。しかし簡単に解かれてしまっても良質な作品とはいえないので趣向を凝らした作品となります。

 

さて、十角館の殺人は個人的に、程よい難易度の謎解きでした。ネタバレになるため詳しくは言えませんが、ヒントはしっかりと与えられており、ちゃんと考えていれば解けたと思うトリックが使われていました。一部のトリックは看破できましたが、=犯人とまでは行きつけませんでした( ・∇・)

そういった推理ゲームに興味がある方にオススメしたい作品です。

 

 

蛇足

 

 だいぶ間が空いてしまいました(汗)

大体残業とモンハンが悪い(・ω・)

 

感想を述べていきたいところですが、推理小説って面白さとネタバレが直結しているのであまり語るわけにもいかないですね…

 

ところで、先日読み終わった後でツタヤに行ってみると、本作が表紙を表にして陳列されていました。

どうやら新装版が出て古いこの作品を今になって押してきているみたいですが、その表紙がなんと、乃木坂46の女性が印刷されたものでした。

連続殺人事件の物語に見目麗しいアイドルの表紙。どういうことなの…

 

といったところで今回は終わりにしたいと思います。次はもっと早くあげたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#4「草枕」夏目漱石

読み易さ☆☆

面白さ☆☆☆

読む価値☆☆☆

※独断と偏見による。

 

国民的小説家、夏目漱石の初期作品。漱石自らが『小説としては読まれないだろう』と自認する異色な小説。

ストーリーとしては1人の画工、絵描きが人里離れた山村に赴き、俗なものを避けて自身の芸術的感性に思う存分浸るという内容です。

身もふたもない言い方をしてしまうと、この小説は主人公が山や空、影や茶器、椿や木蓮といった題材に対して「此処が美しい」と語り続けるだけの小説です。筋の通った物語なんてありません。

それでもこの小説が面白いのは、漱石の人並み外れた観察眼や語彙に対して、尊敬の念を禁じ得ないからでしょう。

 

漱石の生きた明治時代には純文学や大衆文学といった括りはなかったそうですが、言葉を尽くして美しさを表現する草枕は純文学のなかの純文学という印象を受けました。

そのため大衆文学のような分かりやすい面白さはなく、人によっては時間の無駄とさえ感じてしまうであろう冗長な描写で満ちていますが、そういうものが好きな人には是非読んでほしい小説でした。

 

 

蛇足

 

個人的にはなかなか面白かったですが、一般受けを考えて☆の評価をつけました。あの評価は「※独断と偏見による」とわざわざ断っていますが、自分ではなるべく客観的な評価をしようと努めていたりします。

 

さて、この小説で特に興味深かったのは冒頭の、世の小説等に対するアンチテーゼです。以下少し長めに引用させて頂きます。

 

『苦しんだり、怒ったり、泣いたりは人の世につきものだ。余は三十年の間それをし通して、飽き飽きした。飽き飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。』

 

主人公は人情を鼓舞する小説、人の心を掴み、登場人物と一体化させ、感情を揺り動かすような小説。そんな小説を良しとせず、人情から解脱した芸術こそ好ましいとしています。

この考え方に自分はハッとさせられました。

 

私は人の心を動かすこと、感動させることこそが芸術の本分だと思っていました。それなくして芸術は娯楽たり得ないという思いは、半ば信仰のように私の中にありました。

しかしながら、あえて感動させないこと。受け手の心を手荒く揺すぶることなく、手を添え、温もりを伝えるにとどめること。

芸術にそういった価値があることに気づかせてもらえたただけでも、私にとって草枕は相当に価値のある一冊となりました。

 

気づけば本編レビューより蛇足の方が長くなってしまいました(汗) こんなブログですが、よろしければお付き合い頂けると幸いです。長文失礼いたしましたm(_ _)m